4月12日(月)、東京大学の入学式が桜満開の千鳥ヶ淵の近くにある日本武道館(http://www.nipponbudokan.or.jp/)に て行われた。
Part 1:
Part 2:
Part 3:
午前中の学部入学式に続き、午後2時より、大学院(修士及び博士 課程)の入学式が行われた。座席数は、一階が3,100席、2階と3階が7, 800席とのこと。一階は新入生で一杯、2階、3階も父母達で3分の2程埋ま り、参加者は総計8,000人位と推定。
浜田純一総長の 式辞、新領域創成科学研究科長大和裕幸教授の式辞に続き、私が来賓として祝辞 を述べた。
その後、航空工学科の卒業生宇宙飛行士野口聡一 さんのスペース・シャトルからお祝いのメッセージのビ デオが映された。入学生総代による宣誓の後、参加者全員が東大応援歌「ただ一 つ」を斉唱し、閉会となった。
2010年4月12日日本武道館に於ける
東京大学大学院入学式での祝辞。 小林久志
濱田総長、小島副学長,並びに理事の皆様方、本日、この栄えある祝典に、私を来賓としてお招き下さり、誠に有り難うございます。大変光栄に思います。
新入生の皆さん、おめでとうございます。東京大学大学院に見事合格されたあなた方の成功を祝福するこの素晴らしい入学式に出席させて頂き、大変嬉しく思います。お話をさせて頂く前に、皆さんのバックグラウンドを伺いたいと思います。先月、東京大学を卒業された方達は手を挙げて下さい。次に、日本の他大学をこの3月卒業された方達。次に、外国の大学を卒業した方達。International students: please raise your hands. 女子学生の皆さん、挙手を願います。Female students: please raise your hands. では最後に、一度社会に出て働き、この度、大学院に入学された方達、挙手を願います。どうも有り難うございました。今年の新入生の構成が大凡分かりました。
では、この機会に、最近私が考えております事を幾つかお話し、皆さんのキャリアの計画に、何かお役に立てれば幸いと思います。
皆さんご存知の様に、日本は第二次大戦後30年足らずで、経済大国にまで伸し上がりました。然しこの20年間、丁度、皆さんが生まれてきた頃から今日に至るまで、日本の経済は停滞し続け、世界の先進国の中でも経済成長率が一番低い状態にあります。情報産業、特にソフトウエアなどの分野では、米国に大きく差を付けられ、日本が得意であった製造業や素材産業でも、台湾、韓国、中国に追い付かれ、或る分野では追い越されています。何故でしょうか? 皆さんは、この問題を深く考えたことがありますか?
私も日本人の一人として、この問題に関し、最近友人達や有識者の方達と意見を交わし、又多くの関連記事や論説にも目を通しました。人によって答えは様々で、色々な理由や言い訳を聞きます.しかし、大変失礼な発言になるかとは思いますが、私は我が国のリーダー達の多くが、残念ながら力量不足で、今日のグローバルな世界で競争する為に必要な知識、洞察力、英語能力に欠けていることが大きな要因だと思います。インターネットの拡大と工業製品のデイジタル化、そして新興工業国としてのアジア諸国やインドの台頭に伴い、製品開発、設計、製造から販売までグローバル・ビジネスの展開の仕方が20年前とは根本的に変わってきています。このパラダイム・シフトに対応し、有効な戦略を立てるべき日本の経営陣と彼らのスタッフの中に、国際的に活躍した経験や、諸外国のリーダー達との人的繋がりを持ち、直接コミュニケート出来る人材の少ない事が、我が国が苦境に立たされている、大きな要因であると思います。
そして、これまでの日本の大学に於ける教育や組織にも責任があると思います。ご両親達も含めて会場の皆様方への質問ですが、アイヴァン・ホールという人が1998年に出版した「知の鎖国:外国人を排除する日本の知識人産業」という本[1]を読まれた方、或いは、話題になったのをご記憶の方は、挙手を願います。私の 予想通り、ホール氏の本は日本の知識人達には残念ながら余り知られていないようですね。 同氏はプリンストン大学の歴史学科で修士号、ハーバード大学で日本研究に関する論文で博士号を取られた後、日本に35年間滞在され、幾つかの日本の大学でも教えられた親日派の学者、評論家であります。しかし、その著書で彼は日本の大学が外国人学者に対しいかに排他的であるかを、鋭く指摘しております。12年経った今日も実情は余り進展していないと思います。英語版も日本語版も未だに手に入りますから、是非読んで頂きたいと思います。
確かに、私が学生であった頃に比べれば、先ほど挙手をして頂いてご覧になったように、多数の優秀な外国人留学生が見受けられ、日本の大学の国際化は進展したかのように見えます。しかし、本質的な国際化は遅々として進んでいないのです [2]。世界一流の研究者、教育者を積極的に引き込む事はせず、お互いに似たバックグラウンドと同じ価値観を持つ日本人学者のみで固め、その結果、大学の活力、創造力、国際的競争力の高揚に向けた努力が充分なされてはおりません。これでは当然,高度な知識が要求される産業で諸外国と競争、或いは協力が出来る創造的な人材を輩出したり、将来日本のリーダーに欠かせぬ国際的な視野と優れたコミュニケーション・スキルを有する人材を育成することは出来ません。
日本のプロ野球やサッカーのチームは、優れた外国人選手や、監督をリクルートし、日本の国技と言われる相撲ですら、多数の外国人力士が活躍している事は、皆さんご存知の通りです。ヴァンクーバーで行われた冬季オリンピックのフィギュア・スケートでメダルを獲得した中国、韓国、日本の選手達の多くは、優れた外国人コーチの指導を受けて育ったのです。 同様な事が、何故日本の大学では行われないのでしょうか?
自然科学、医学、経済学、文学の分野でオリンピックの金メダルに相当するのはノーベル賞でしょう。国別で見ますと[3]、日本は、国籍を米国に移された方二人を含めても、これまで総計16人、一位米国の320人の20分の1、世界で12位となっています。ノーベル財団のウェブ・サイトには大学別の統計表も載っています [4]。京都大学が二人、東大、名古屋大学、旧東京教育大学、筑波大学、京都産業大学がそれぞれ一名です。この統計は、各受賞者が受賞の時点で現職の教授・研究者として所属していた大学名で仕分けした結果です。米国のハーバード大学は24のノーベル賞を獲得しており、教授の数がたった800人余りのプリンストン大学も11のノーベル賞を得ています。この統計で世界でトップ10大学の中、英国ケンブリッジ大学の他はすべて米国の大学です。勿論、ノーベル賞だけで大学の価値や強さを測る事はできません。然し、世界の中で最も優れた大学が圧倒的に米国に集中している事は疑いの余地がありません。これは米国の大学と社会が優秀な人間を分け隔てなく迎え入れ、活躍の機会を与えるので、優秀な研究者が世界中から集まってくるからです。
それでは、皆さんは何をすべきなのでしょうか? 今日から東大で過ごす二年間或いは三年間は、あなた方の人生に於いて最も決定的な時期になると思います。あなた方は人生で何を本当にしたいのかを決め、それに向けての計画を入念に立て、貴重な時間を賢く費やし、東大での経験を次の大きなジャンプへの跳躍台にして欲しいと思います。
修士課程に進学される皆さん、手を挙げてください。修士課程終了後は博士課程を米国の一流大学で目指すことを私は強くお勧めします。米国の一流大学は優秀な教授陣を擁し、大学院での講義も充実しており、世界各地から頭脳明晰な学生、研究者が集まり、競って勉学と研究に励むからであります。米国の大学では、博士課程の学生全員に対し,授業料と生活費を支給するフェローシップやアシスタントシップが充実しています[5]。海外留学に関する情報、支援に関しては、日本学生支援機構(JASSO)[6]に問い合わせるが宜しいと思います。処で、皆さんの中でTOEFLとは何であるかを知っている人は、手を挙げて下さい。TOEFL は ”Test Of English as a Foreign Language” の略です.それでは、GRE が何の略語か知っていますか? GRE とは、”Graduate Record Exam” の略で、学部学生として知って居るべき、数学、英語、解析力を審査する試験であります。勿論、一流の大学の大学院に合格するには、学部や修士課程における成績が優れ、東大の先生方からの強い推薦状が必要です。しかし、東大で優秀な学生であれば、TOEFLやGRE さえクリアすれば、合格する可能性は可なり高いと思います。東大が日本でトップクラスの大学であることは海外でも広く知られているからです。兎に角、出来るだけ早く、TOEFLやGREを先ず一度受け、自分の実力を見極め、入学願書締切りまでに合格点に達するよう、これから勉強して下さい。私の専門が理工系でありますので、米国留学を強調致しましたが、勿論アメリカ以外の国にも優秀な学部を持つ大学が多数存在します。あなたの専門にとって、一番優れた環境を提供してくれる大学を選ぶ事が肝要です。例えば、フランスの文学や歴史を専攻する方は、アメリカよりフランスの大学を留学先として選ばれるでしょう。
では、今日から東大の博士課程に進学される方、挙手を願います。皆さんには、東大で博士号を取得された直後に、ポスト・ドクとしての研究生活を米国の大学でされる事を真剣に考えて欲しいと思います。
ポスト・ドクの機会を見つけるには、国際学会等に出席した際、あなたの専門分野の教授と出会う機会があれば、積極的に自己紹介をし、その後自分の論文などを送っておくことです。今から自分の考えを英語で話す能力を体得し、正確な英語で論文を書く能力を培っておく事が肝要です。日本学術振興会(JSPS) の海外特別研究員制度の利用も是非検討して下さい。
修士課程の皆さんの多くは将来、必ずしも研究職やアカデミックなキャリアを目指さず、卒業後直ちに実社会に出て活躍されるでしょう。しかし海外留学や国際的体験をする機会がない方達も学生時代に、英語で不自由なく書いたり、話せる能力をしっかり身に着けてください。グローバル時代に益々要求される人材は、国際関係、経済、歴史、文化等にも精通し、自分の専門分野に関しては国際語である英語で不自由なくコミュニケート出来る知識人であると思います。
皆さんは優れた頭脳に恵まれ、人一倍努力することにより、今日ここに名門東京大学の大学院入学を達成された事に大いなる自信を持って欲しいと思います。皆さんの実力を更に高め、グローバリゼーションが急ピッチで進む時代に積極的に立ち向かい、やり甲斐のある人生を目指して欲しいと思います。大海を知らぬ井の中の蛙にならぬよう心掛けて下さい。将来、日本、否、世界をリードする人物に成長され、母校東大の評判を高めて下さる事を、先輩の一人として心から期待しております。
最後に、多数ご出席されているご両親の皆さま。将来の日本を担う人材である御子息、御令嬢を立派に育て上げられた努力に対し、心より祝福と敬意の念を表する次第であります。しかしこの若者たちが再び日本を盛り立てるにはこれからも御両親の励ましと後押しが必要であります。東大が世界でトップ・クラスの大学と肩を並べるには、当然ながら、それなりの資金が必要であります。しかしご承知の様に国立大学の独立法人化が進み大学の自主独立性が奨励される一方で、政府からの交付金額が減らされる傾向にあることは、皆さまもご存知の通りです。東京大学の基金資産は約250億円であります。それに奨学寄付金200億円を加えても450億円即ち約4.5億ドルであります。これに対しハーバード大学の基金資産は350億ドル、プリンストン大学は158億ドルであります。しかし学生数は、東大が27,800人であるのに対し、ハーバードは19,100人、プリンストンは7,200人に過ぎません。したがって学生一人当たりの基金資産はハーバード、プリンストンが共に、大凡200万ドルであるのに対し、東大は、16,000ドル、即ち 160万円に過ぎません。米国一流大学の100分の1という貧しさです。160万円を上手に運用し年4%のリターンを得たとしても、学生一人当たりに費やせる金額は6万5千円足らずです。3月30日に放送されたNHKテレビの番組「クローズ・アップ現代」によりますと、米国のCharitable Organizationsが受ける寄付が年総額22兆円であるのに対し、日本では、7千億円、即ち30分の1であります。しかし4月9日(金)の朝日新聞に掲載されたNPO法人に対する税制優遇策に関する記事は、「寄付文化が定着している米国では、個人による寄付額が年間で20兆円を超えるが、日本は年間三千億円に届かぬ。」と報道しています。この数字が正しければ、日本は米国の70分の1以下です。仮にNHK番組の数字が正しいと、国民一人当たりの寄付額を計算しますと、アメリカ人が年間7万2千円を寄付するのに対し、我々日本人は、たった5千500円しか寄付をしないという勘定になります。アメリカ人の、15分の1しか寄付をしていないという事になります。朝日新聞の数字の方が正しいとすると50分の1となります。
小宮山前総長のイニシアチブで、ニューヨークに、Friends of Todai Incorporated (FOTI) という財団が3年ほど前に結成され、ニューヨーク銀杏会会長の桝田淳二氏のリーダーシップのもとに昨年から寄付金募集の活動も始め、微力ながら、私もそのお手伝いをしておりますが、東大卒業生には母校愛の点で、大いに意識改革をして頂かねばならぬと痛感しております。母校東大の発展を願うのであれば、卒業生全員が寄付活動に参加し、寄付金額も従来の感覚から脱却し、一桁も二桁も増やせねばならぬことを、卒業生及び在校生のご両親の皆さまに、強く訴えたいと感ずる次第であります。因みに、米国の一世帯当たりの寄付金額は、年間15万から20万円と推定され、年収400万円位の世帯でも、年収の約5%を宗教、教育、文化、芸術、貧困者、災害地等を支援するNPOに寄付しております。浜田総長の指揮下、東大の活性化、国際化に努力されている先生方、理事、および渉外部の皆様を、我々全員が結束してサポートしようではありませんか!
ご清聴有難うございました。
このスピーチと参照資料のリストを私のブログwww.HisashiKobayashi.comに掲載しますので、御覧になって下さい。外国人学生の皆さんのために、英語訳も載せます。
謝辞; この原稿を用意するに際し、貴重なご意見とご助言を下さった次の諸氏に感謝いたします。江川雅子、大迫政子、亀田恒彦、小林昭七、黒川清、ゲアハルド・ファゾル(Gerhard Fasol)、吉田洋一。
参照資料:
[1] Ivan Hall, “Cartels of the Mind: Japan’s Intellectual Closed Shop. ” W. W. Norton & Company, New York and London (1998); 日本語訳:アイヴァンホール(鈴木主税訳) 「知の鎖国:外国人を排除する日本の知識人産業」毎日新聞社 (1998).
[2] Hisashi Kobayashi, “Concerns about the insularity of Japan’s universities, poor performance of Japanese students and weakening competitiveness of Japanese industry” www.HisashiKobayashi.com
[3] List of Nobel Laureates by Country:http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Nobel_laureates_by_country
[4] Nobel Laureates and Universities:http://nobelprize.org/nobel_prizes/lists/universities.html
[5] 小林久志 [米国の企業、大学での研究マネージメント]電子情報通信学会誌、2009年5月号。
http://www.ieice.org/jpn/books/kaishikiji/index.html
[6] 独立行政法人・日本学生支援機構:留学生交流支援制度(長期派遣)
http://www.jasso.go.jp/scholarship?log_term_h.html
[7] 日本学術振興会:海外特別研究員制度(JSPS: Postdoctoral Fellowship for Research Abroad) http://www.jsps.go.jp/j-ab/index.html
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